渓流釣、山菜やキノコなどの楽しみ方
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

初めての渓流釣り2(初めて見た岩魚)
2009年12月13日 (日) | 編集 |

27年も前の事だから記憶は薄れていくが、白濁した川と、橋と、森に続く農道だけ覚えている。はじめての渓流

東北自動車道の「栃木IC」で降りたので、多分その周辺の川に向かったに違いないが…ぜんぜん覚えてない。
「永野川」「秋山川」「粕尾川」辺りだったのかな??

車は黄色のハイジェット。
高速を降りた後は、どんどん山に向かって走り、ガードレールもない未舗装の道と崖は今にも崩れそうで恐かった。



車を停めたのは、この絵のように道のすぐ脇を幅10mほどの川が流れている場所だった。
水は薄茶色で、ゴーゴーと音を立ててる濁流だった。
私は橋の上から川を覗き込んでいる相方と義父を置いて、一人で上流の森に入った。

それが初めて目にする渓流だった。
まず目に入ったのはゴロゴロ続く岩。すっぽり深緑の苔に覆われて、まるでマリモみたいだと思った。下の濁流とは大違いに、水は素晴らしく透明で気持ちのいい音で流れ、空は木々に囲まれてポッカリ空いているように見えた。
なんだかものすごく幸せだった?

しかし振り込む度に枝にからまり、仕掛けを外したり、作り直したりで、全然釣にはならない。
小さな枝川なのにチョウチン釣りを知らなかったし、それどころか3.3の竿に海釣り同様に
30?50cmのバカを付けていた。
川に立ちこむ身支度も発想もなかったから、川に餌を落とすことが至難の業で、
しかも10回に1回ぐらい上手くいっても、板オモリが岩に触るゴツゴツがアタリに思えて、
合わせると百発百中これまた枝にからまった!
間違いなく8割の時間を仕掛けとの格闘に費やしていたと思う。

そうこうする内に餌のイクラがなくなってしまった。
餌がなければどうにもならないけど、私は帰りたくなかった。
「そうだ、ミミズを探そう!」
ところがあっちこっち掘り返してもミミズは出てこない。
ふっとひらめいて岩の苔をはがしてみたら、いた???ミミズちゃん

貴重なミミズをハリに付け、「これが最後かもしれない」と思った。
思いっきり集中して竿を下ろたら、ほんのちょっと流した所でコツンと手ごたえが!
私は反射的に竿を上げた。
次の瞬間、仕掛けが頭上の枝にクルクル巻きついていくのを見ていた。
The End

後ろ髪を引かれる思いで小渓をあとにすると、橋の上で相方と義父が濁流相手につまらなそ?に釣りをしていた。
見ると白波の上を餌も外れた仕掛けがピンピン跳ねていた。
あとで相方から聞いた話だが「渓流釣りってどこが面白いんだ?」と考えていたとか…(^_^;)
「どうだ?釣れたのか?」
「全然ダメ。でも1回だけあたったよ!」
今でも最後のアタリはミミズをついばんだ岩魚だと思っている。

どこに移動したのか覚えていないが、山道を歩いていると、下から登ってくる男性と出会った。
挨拶を交わし暫し話をすると、川が荒れたので岩魚を違う川に放流するところだと言う。
「岩魚ですか!?」
男性はエアポンプの入った魚籠を開けて見せてくれた。
そこには小さいけれど3匹の岩魚がいた。
想像よりも地味な魚だな…と思いながら「1匹弱ってますね」と言うと、
「それは助からないから、良かったらあげますよ」
やった?っ!! これで念願の岩魚が食べられる! と思った。

岩魚を3匹食べたために竜になってしまった。
『竜の子太郎』を読んだ時から、どれほど岩魚という魚は美味しいんだろう!?
そう思い続けて数十年。ようやく幻の魚が手に入ったのだ!
と、ひどく感動したことは覚えているのだが、
蕎麦屋で焼いてもらった岩魚…どんな味だったけ…??
ただ、この山の中の蕎麦屋は、蕎麦嫌いの私がとても美味しいと思った蕎麦だった。

相方は二度と渓流釣りはごめんだと思っていたのに、私は嬉しそうに「また連れてってね」と言ったそうだ。
「また」は19年後になってしまったが、今は「連れてって」じゃなく、勝手に行くのだ。


スポンサーサイト
1982年(S57) 初めての渓流釣り
2009年12月12日 (土) | 編集 |

釣行記には書ききれていない事があって、今回は釣行記1の「渓流釣りデビュー」について追記してみようと思う。  

どうして岩魚を釣りに行くと決めたのか…覚えていない。
仕掛けと餌は本で学んだ。
その結果、ハゼのミャク釣りに使っているものと大差ない仕掛けになった。(釣行記参照)
きっと全然理解してなかったか、新たな道具を買うお金がなかったのだ。
餌はイクラ。
挿絵で見る川虫はゲジゲジみたいで気持ちが悪かったし、もし獲れなかった場合に困ると思った。
しかし釣具店の釣り餌用イクラは、チョッピリで800円もしたので1ビンだけ買って、あとは食用のイクラを持って行った。
手書きの挿絵が入ったこの古い本が、後にも先にも私が読んだ唯一のマニュアル本で、
釣り方も斜め読み。「とにかく岩の周囲を探ればいいのだ!」

さすがに一人で行くのは危険だと考え、相方と義父に連れて行ってくれと頼んだ。
今思うと、突然渓流釣りに行きたい、岩魚を釣りたい!と言い出したのか、二人とも理解できなかっただろうし(本人も分かってないのだから)、面食らっただろうな…
相方は「渓流釣り?何だそりゃ!?」と思ったそうだ。

季節は5月のゴールデンウィーク。装備はハイキングスタイル。
釣り場はロードマップを参考に決めた栃木県のどこかの川。(^_^;) これも覚えてない。
すべて私がお膳立てをし、気のいい2人はワガママに付き合ってくれた。

つづく


不思議な? ルアーマン…
2009年02月23日 (月) | 編集 |

久しぶりに釣り話になりますが、H15年(2003年)の7月、初めて奥鬼怒川で釣りをしたときの事です。

相方と二人であちこち釣り回って、最後に本流に下りてみました。

相方は広河原が好きですから、伸び伸びと釣りをし、良い形の岩魚を数匹上げていたのに、

逆に大きな川が苦手な私は、さえない釣りで腐っていました。

山間部の日暮れは早く、早目に切り上げないと危険だと分かっていたんですが、

さっぱり釣れないことと、相方に対する競争意識で、ついつい熱くなってしまい、

きわどい時間になっていることさえ気づかずにいたら、ふいに声がして、

「7時には真っ暗になりますよ。ボクは今からやりますが、早く上がった方がいいですよ」

と、ルアーを手にした青年が声をかけてきました。時間は6時半になっていました。

彼に声をかけられた時点で、すでに足元もおぼつかない状態になっていて、

河原を散歩させたらしい犬の足跡をたどって戻ろうとしたんですが、

遂にその足跡さえ見えなくなり、遠くの樹木の陰が白黒写真のように見えるだけ。

完全に方向を見失ってしまい、転げながら、迷走しながら、彼が示した方向を目指して進み、

アタリをつけた斜面を必死で這いつくばって登って、ようやく車に戻ることができました。

その時のことは、釣行記の中ではでサラリと触れていますが、

実は今でも不思議な感覚が消えない思い出なんですよねぇ…

私たちに声をかけてくれたのは20代なかばの男性で、私が「今から釣るんですか!?」と聞くと、
当然のようにうなずきました。

確かにヘッドライトで集魚して釣るという釣法もあるし、その釣法に対する賛否は別として、

真っ暗な中でルアー釣りをすることは、私が感じるほど不思議なことではないのでしょうか?

暗いとルアーの練習になるの?

それとも暗い方が釣れるからなのかな?

彼氏は人間だったのか…!?と思うほど、違和感がある出来事でした。

ここを見たルアーマンさん、教えてください。


釣った魚を食べない訳
2007年05月26日 (土) | 編集 |

私は釣りが下手だ。1年に10回ほどの釣行で、上手くなりたいという欲望も希薄だから当然と言えば当然。ある方が釣りはセンスだと言っていたが、私には才能がないというのが一番当たっていると思う。

それでも完全にボウズというのは一度きりで毎回そこそこの数の岩魚や山女魚が来てくれるので不満はない。


また釣れた魚を食べることも持ち帰ることも少ない。
理由の1つは20cm以下30cm以上の魚はリリースと決めているからだ。
私の腕で20cm以上はそんなに多くは釣れない。(ちなみに30cm以上はゼロ!)
さらに自宅に持ち帰る場合はサイズ制限に加えて2匹以上釣れることと、最終日の釣果に限定している。
私の釣行パターンは2泊3日だから、3日目の午前中に20cm以上で2匹以上釣れた場合、という3つの条件が揃うことは滅多にないから、家族がお土産の魚をほおばることも滅多にないのだ。


現場で食べることも少なくなった。料理が億劫になってきたのが最大の理由だが、
不味くて食べられないことがあったからだ。
あれは一昨年の5月、福島県熱塩の里川で釣れた岩魚だった。
2匹だけ夕飯のおかずに塩焼きにしたものの身はパサパサで嫌な匂いまでして、結局食べ切れず捨ててしまった。以来里川の岩魚は食べたくなくなった。

釣れても放す方が多いのだから、魚をできるだけ傷付けないためにハリは返しがないもの(バーブレス)を使っている。


呑まれたハリは先が細く曲がっているペンチを使えば簡単に外れるので是非試して欲しい。ペンチ
魚籠
ハリ外しの参考ビデオあり  


 


生かし魚籠の水中ビデオ


 
それでも弱らせてしまったら、この自称生かし魚篭に入れて流れの中で静養させればほぼ回復する。
このネットは100均で「虫カゴ」として売られていた物だが、とても柔らかい素材で魚の体表を傷付けず重宝している。最近見かけないが、これもおススメのアイテムだ。 


数年前まで良く相方と魚をキープする・しないでもめた。
20cm以下でも丸々と肥えた美味そうな山女魚を相方は食べたいのだ。
でも私はダメ出し。


20cm以上あっても「1匹だけ食べても仕方がないでしょ」と言う私に、
しまいに相方は怒りだす。
「俺は釣った魚を食べたいんだぁ!」「食べたいから釣る。当然の事じゃないか!」

里川で相方が20cmに少し足りない山女魚を釣った時のこと。
相方は食べたいと言うし私は絶対に放せと譲らず、しばしの間押し問答があって
渋々相方が山女魚を川に戻すと上から拍手が聞こえた。
驚いて見上げると年配のご夫婦が笑顔で拍手をしていた。


源流釣り考
2007年05月11日 (金) | 編集 |

「源流」を辞書で調べたら「みなもと(源),すいげん(水源) ,ある川のもととなる水の流れ」。つまり千葉の養老川にも源流はあるわけで…そこは今温泉地だ。(^^ゞ


私の「源流」に対する概念は、ザイルと大きなザックをかついで、何時間も歩いて、
場合によっては滝や岩をよじ登り、川を泳いで、ビバーグしながらようやく辿り着く所。
つまり山登りをしなければ行けない川の上流を「源流」だとイメージしてるわけで、
決して私のような者が釣竿片手に日帰りできるような場所ではない。
ハッキリ言って命がけで、渓流釣りとは次元の違うものだと思っている。


「源流釣り」については時々物議が巻き起こるが、賛否両論真剣に会話していても必ず論争をあおるだけの人物や感情的で攻撃的な発言をする人が表れて、未消化のまま終わってしまうことばかりで残念!だから私なりの源流釣りについて書いておこう。


まるで源流釣りをする人間は自然破壊者であるように言う源流釣り否定論者(以後=否定論者)がいるが、まず大前提として、
自然と野性に無関心で礼儀やマナーも心得ない人と、そうではない人を混同しないことが肝心!
※だから、ここでは釣り以外の事に心を払わない単なる釣りキチを「釣り師」、
 野性と自然環境を大切にしている人を「釣り人」と表現させてもらいます。



否定論者は源流での釣りを禁止すべきだと考えていて、私も場合によって禁漁には賛成。
釣り師が貴重な原種を根こそぎ持ち帰って、痕に残るのはゴミの山!な?って事を考えれば、
禁漁区にした方が良いよね。
ただ、一律源流を禁漁区にすのか? あるいは一体どこからが源流なのか?
単純に源流を禁漁とするなら、千葉の養老川の源流だって禁漁になってしまうでしょ。 
在来種の保護を目的するなら禁猟区は源流とは限らないし、実際に源流とは呼べない川が禁漁河川になっていることは少なくない。
あるいは在来種の保護のためには、放流禁止区域だって必要なのかも知れない。


源流釣りをする人々を源流派と呼んで、自然を顧みない釣り師だと決め付ける否定論者がいるが、魚を持ち帰ったり、節操のない釣り方をしている源流派を私は知らない。
源流派の釣りは今日の糧のためであって、釣り事態を最大の目的としていないと思っている。
山の頂上を目指すのが登山なら、源流派は川の源流域を目指して山登り(沢登り)する人で、
釣りはパーツに過ぎないのではないかな?


中には「管理された河川湖以外で釣りをすべきではない」と言う否定論者もいて、
そんなに極端な発想をするほど自然至上主義なら、いっそのこと全面的に釣りは禁止にする!
と言った方がスッキリといいたい。
自然保護というプラカードを盾にして、実は自分の考え方や自分の釣法が最高のものであると言いたいだけじゃないのか…?
自分の考えが正義であるかのような表現は、まるで原子力発電所を作っている企業が「CO2を排出しない環境に優しいエネルギー」というCMみたいだ。
源流派を否定する手法は、日本を槍玉に挙げて国勢を盛り上げる諸外国の政策と似ているぞ。


今までの論争の経緯があって、私は一つの偏見を持っている。
釣りが上手い人ほど登山や沢登りは苦手で、逆に源流派はあまり釣りの腕は良くない。(^_^;)
だって経験値の少ない魚は簡単に釣れるでしょ。多分私だって尺岩魚が釣れるぞ?!
私にとって渓流釣りの魅力は川と魚と森と空で、渓流釣りはその総称に過ぎないのかも知れない。
それを最も身近に感じる釣りが源流釣りなんだと思っている。
(余談)漁協や釣具メーカーを含め釣りをレジャーとしてバックアップしている組織があるから、今私は釣りを楽しめている。でもその組織は必ずしも自然の味方とは言えないんだよね。


釣りというカテゴリーで守る人がいたり、学者的な賢智で守る人がいたり、動物愛護というテーマで守る人がいたり・・・・・自然を守って行こうとする意識と行動はたくさんあっていいと思う。
同じ方向を見ているか否かが重要で、違う手段を否定してはいけない。
やらないのではなく実は出来ないというのが本音かも知れないでしょ。
だから出来ないことの言い訳に相手を否定してはいけない。
人はみな心の隅に弱さと罪悪感を持っていて、もし誰かを悪者にすることで自分の罪悪感をごまかしているなら、きっと説得力も感動も与えない独りよがりな理屈になってしまうだろうね。


岩魚の入れ食い
2007年01月05日 (金) | 編集 |
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、そんな感じで岩魚が釣れた。

どれも21?22cmの良い形で、25?27cmの岩魚も数匹。

たった200m足らずの距離でいったい何十匹釣れたんろう?



私の腕前が上がったのか?そんなことはない。(^_^;)

7月15日栃木県のとある渓流、この日この場所にいた岩魚たちが異常だったとしか思えません。

前年の8月に来た時には一匹も釣れなかったんだから。

釣りを始めたお昼前から雨が降り始め

川は白濁していた。でもそれは翌日も変わらぬ状態であったのに、翌日はほとんど釣れなかったのだ。

雨の降り始めが良いのかな…?

天気











いつもと違うと思うことが2つあった。

ヘタクソだから普段ハリを呑みこまれる事が多いのに

この日は全く呑み込まれないし、逆にひどく浅掛かりのために

油断すると空中でバラしてしまう。

釣り上げてキャッチする間にハリが外れてしまうことが何度もあった。

その証拠の映像も残っている。釣り日誌25

さらに釣り上げた後のイサギの悪さと、暴れ方と、力の強さには驚き。

何匹も噛み付かれたし、リリースすると飛び跳ねたり、方向違いの岸に突進したり、私が体験したことがない奇行とテンションの高さだった。

掴んだものの撮影前に力負けして、かなり大きな岩魚を逃している。



岩魚は危機感を感じて荒食いしたんだろうか?

調べてもその後に地震の記録はないし…やはり雨が関係しているんだろうか?

くそ?考えたって分かんない。

やっぱり岩魚には岩魚の都合とか、思惑とかあって

凡人の私にはその心を読む力はありましぇ?ん。(^_^;)
岩魚















あの子たちはその後どうしているだろうか?

誰にも釣られず、誰にも食べられず、生き残って雪下でゆっくり眠っているのは、一体何匹なんだろう?
尊敬できない先輩
2006年12月13日 (水) | 編集 |

この3年で100冊近くの釣り本を読んだけど、オークションやアマゾンのネットで買ったものばかりだから、タイトルに釣られて買ってみたら海釣りの話しだったり、超つまらない内容でガッカリしたりした事も多いです。


それとフライフィッシングはやっぱり肌に合わない。


「岩魚の夏」のような素晴らしい作品もあることはあるけど、


ミッジだハッチだとFF用語が多い文章は知識のない私にはチンプンカンプンなうえ、カタカナを列挙されると外国の川に居るようで興ざめしちゃうのよ。


日本の渓流と魚にこだわっているから岩魚・山女魚をチャーやトラウトと言うだけでもイライラするんですよね。


 


ただ餌釣りでも読んでいて腹が立つものがあって、先日読み終えた本もそんな一冊。


釣行は1970年代(S45?54年)で著者が63歳から70歳の期間に地元青森での釣行の回想録。


内水面・・副会長、○○連盟会長などなど釣り関係の肩書きがすごい!


&「先生」と呼ばれ、かつ明らかにお金持ち。だってお抱え運転手の車で釣りに行くんだよね(^^ゞ


 


セムシ・メッカチと言った差別用語が頻繁で(それは時代的に仕方ないとしても)女性や立場の弱い者を蔑視しているのが言葉にハッキリ表れていて不愉快きわまりない!


さらに森林伐採をケシカランと言い、モラルのない釣り師を軽蔑してるけれど、大型の魚籠が壊れる数十匹もの岩魚・山女魚を持ち帰り、


魚が少なくなったと嘆いているんだからホンと自分を棚に上げてるよ。


釣り人に釣り上げられる魚の数なんて建設工事の河川破壊に比べたらビビたるものかもしれなけど、それでも一家で食べきれない数の魚を持ち帰るのって、イヌイットが生きるためにアザラシをハントするのとはまったく違うことは確かです。


命を自分の欲望だけで絶つというのは、人間の私利私欲や傲慢で無意味な建設工事をするのと同じ行為だと思うなぁ。


感謝を忘れたおろかな人物の本を読んでしまったけど「人のふり見て我がふり直せ」ですね。


厳しい道のり
2006年10月01日 (日) | 編集 |

昔、集めた点数に応じて希望商品がもらえる「ブルーチップ」というものがありました。
一番はじめにとった商品がこの毛鉤セットでした。
いったい何年前だったのかな…?? 毛鉤セット
海つり用のタモやルアーも獲りましたが
今残っているのはこれだけです。
竿も今年買った「テンカラ渓峰」で3本あります。
バイスも手に入れ下手糞な毛鉤も巻いてみました。毛鉤セット2






でもいつまでたっても私のテンカラは足踏み状態。
チョコッとやっては直ぐに餌釣りに戻ってしまうのは結局本気じゃないんだな?。
「釣れない」という気持ちや不安が大きくて、それに耐えられません。
こんな私に中尾さんとSYUさんが手を差し伸べてくれました。
素晴らしいボランティア精神の持ち主です!
恐い物見たさとも言えるけど(^^ゞ

中尾さんが「背後霊のように張り付いて見ていること」と言うので見ていました。
しかし…???
◆振り込む前に必ず後方を確認すること。
言われた時はできるんですが直ぐに忘れる(ーー;)
◆手前のポイントから丁寧に狙うこと。
餌釣りと同じですね。雑な性格が釣りにも現れる私。
◆毛鉤を自然に流す。そのために毛鉤が着水したらラインが水に流されないように、少し竿を上げること。
逆に手前に引っ張っているような気がして加減が分かりません。
◆魚に気取られないようにすること。
この基本的なことが私にはなかなか難しい。どうしても近づきすぎてしまいます。
◆毛鉤が沈んできたらムチを打つように空振りして水を切ること。
これで気がつきましたが私の竿の振り方は弱かった!
二人の振り込みはシャープで素早いけど、私は弱くて中途半端でした。
だからラインが竿に巻きつくことが多かったんですね。
 餌釣り特にチョウチン釣りでは竿を強く振るなんてことはありません。
 竿よりも糸の方が遙かに短いんだから、
 竿を高く持ち上げたり糸を飛ばす動作はほとんどありませんし。
 いくら毛鉤しか着いていないとしても、あんなにブンブン振るとは思いませんでした。
 振ると言うよりも打つような感じ!
中尾さんビデオ
◆魚が咥えたら一呼吸置いてから合わせること。
これがぜんぜん出来ないし、分からないんだなぁ?考える
ビックリ合わせと笑われても仕方がない。
予想もしていない所から、いきなり前触れもなく飛び出されても
こちらは驚くばかりで反射的に竿を上げちゃいます。
その「一呼吸」と言うタイミングが…ビデオ「わがんない!」
◆毛鉤が沈んでいる時にはラインの微妙な動きでアタリを判断すること。
眼も悪いようで魚が水面に顔を出すまで見えません。
竿や手に伝わるものがない!目印もない!ない、ない、ない!
ラインの変化ってたってねぇ…(+_+)

私がテンカラで岩魚が釣れるまでには、まだまだ長?い道のりがありそうです。
少しでも正確に遠くに毛鉤を飛ばせるように練習あるのみ。
今は陸で振るだけですが、そのうち何処かの川でクチボソでも狙ってみます。

            この釣行記は「岩魚のめ」釣行記27です


岩手の青年
2006年09月14日 (木) | 編集 |

久々にディスカウント釣り具店を覗いてみました。
いわゆるバッタ商品ですが、正規の釣具店には絶対にない渓流鉤があり、
しかも1パック数十円と激安!
この2?3年私が使っていた鉤はほぼこの店で買った物です。

スタッフも千葉県人なんでしょうねぇ。
海釣り用の鉤は比較的キチンと種分けされていても
渓流用は鮎も山女魚もアマゴもダンボールに山積み状態。
その中からお宝探しのように欲しい鉤を掘り出すのがチョッと楽しみで、
通りかかるたびに立ち寄っていたんです。

ところが半年前に店内がリニューアルされ、
釣りのコーナーは1/3に縮小、渓流鉤はスッカリ消えてしまいました。

店内を見回していると「何かお探しですか?」と店員が声をかけてきました。
「渓流用ならこちらに・・」と案内された場所には
5パックづつ袋に詰められた鉤が少しだけ並んでいました。
「一袋100円は安いねぇ」
「渓流用は売れないですから。まだ裏にはたくさんあるんですよ」
「前は何でもかんでも箱に突っ込んであって、
時々来ては私が整理してたんだよ」と笑いながら店員の顔を見たら、
オッ、年の頃25才前後のいい男じゃん!(^_^;) 

彼は岩手出身で岩魚釣りが好きだという。
岩手では釣り人自体が少なく、山女魚が盛んに放流されているので
自分のように源流部まで行って岩魚を狙う者は多くはない。
初期はミミズ餌にガン玉を付け沈めて流し、
暖かくなってからは山イナゴを水面に泳がすようすると
尺クラスの岩魚がいくらでも釣れる。
大淵などは40?50cmだって珍しくはない。
大きな岩魚は煮るか揚げて食べる。


15分ほどの僅かな時間でしたが、
7?8号の良いスレ鉤が入荷したら連絡してくれるように頼んで店を出ました。
連絡がなくてもまた行ってみよっ。(^o^)


もうすぐ釣りも終わり…思うこと
2006年09月12日 (火) | 編集 |

今年の釣りは残すところ一回で終わりです。
結局6回しか行けなかったことになる。
けれど私の釣行は2泊3日、GWとお盆は3泊4日だから
日当たり計算だと、そこそこなのかな…?

私の場合金曜日の午後に千葉を出て夕方5時ごろ現地に着くパタンーンです。
夕暮れ近いのでその日はほとんど釣りになりません。
翌日の土曜日に丸々1日楽しんで、日曜は午前中だけ釣り、
遅くても12時には最寄のICから高速に乗るようにしています。
ですから1回の釣行で1.5日分かな。


深夜に出れば首都高の渋滞にも合わずにすむんですが、昔から夜の運転が嫌いなんです。
眼が弱いのか、夜は対向車のライトが乱反射して、良く見えないことが最大の理由。


それと、だんだん近づく山を見て運転するのが好きですネ?
中央道は富士山が見え隠れするのがいい。
東北道は遠くに山並みが見えるのがいい。
関越道は左右に山が見えるのがいい。

あえてもう一つ夜行が嫌いな理由があるとすれば…
中学の時交通事故で死んでしまったTのトラウマがあるのかも知れません。
彼女は同級生でした。私とTのグループは反目していました。
可笑しくても笑わないようにしている…どこか斜に構えたTを私は好きじゃなかった。
いつしかT派と私派にクラスの中が二分化され、
些細な事でいがみ合いが起こるようになっていました。

そんな夏休みのある日、突然学校から交通事故でTが死んだという連絡が入りました。
Tは当時国道脇にたくさん出ていた蛤売りの露店でアルバイトをしていてたそうです。
夜バイトを終えて左右2車線の国道を渡ろうとしてセンターラインに立っていたところを
大型ダンプに轢かれてしまったんです。
Tの姿は対向車のライトで見えない状態で
運転手は異音を感じたものの人間を轢いたとは思わず、
数百メートル彼女を引きずったまま走ったそうです。
Tの体はトラックの底から鯖折りの状態で見つかりました。
脳味噌は飛び散っていて即死だったと判断されました。
お母さんがお葬式の時に「幸い顔は無傷でしたから死に化粧をしてあげられました」
と語った時、私はたまらない気持ちになり泣きました。
Tにあやまりました。本当はあんたが好きだったよ。
本当は憧れていたんだよ。でもその気持ちを素直に言えなくて…ごめんね。
だから今でも夜のセンターラインが嫌いです。
そこにTが立っているような気がする。


もう直ぐ長い半年が始まります。
でも最近この6ヶ月もつまらなくはないと思うようになってきました。
牛の反芻みたいに今年の思い出を楽しめますからね。


好きな渓流
2006年07月30日 (日) | 編集 |

何度も来た馴染みの川は故郷に帰ってきたような安心感がある。
でも初めて行く渓流もいいもんだと思う。
入渓は楽だったのに進むにつれて険しくなったり、滝に前進を阻まれたり、
やっと滝を超えたら大きな渓谷になっていたり…。

行方の様子を知っているよりも、知らない方が楽しいめる場合もあるよね。
渓
こんな小渓流は不安と好奇心が入り混じって気持ちをかき立てる。       


緊張感もあるけど、
もっと上に行けば釣れるかもしれないと思ってしまう。

上に行けば何かステキなものが待っているような…




 



なぜか開けた河原に立つと、何を目標にしたら良いのか、何処へ行けば良いのか、
自分が自然からはじかれたようで戸惑ってしまうことが多い。
それが鮎釣りに惹かれない理由の一つかな?なんて思ってる。川


                 











  


岩魚は遠かった
2006年07月09日 (日) | 編集 |

童話の「竜の子太郎」を読んで、一体どんな姿をしているのか?


どれだけ美味しいのか?一度でいいからこの幻の魚に会ってみたい。


そう思ったのは確か6?7才だった。


 


意を決して栃木の渓流に向かったのは20年近くあとになる。


 


私は一人で小さな枝沢に入った。


相方と義父は本流の橋の上から増水した川と格闘していたらしい。


 


今でも相方はあの日のことをこう話しながら笑っている。


ゴーゴーの濁流で、水面をピョンピョン跳ねるイクラを見ながら、


「渓流釣ってこんなもん??  こんなんで釣れるのかな?面白くねぇ?!」


私の入った川も覗いたものの…


「小川じゃん! こんな所に魚がいるか?ッ!? いないよなぁ」と


再び橋に戻って濁流とピョンピョン跳ねるイクラを眺めていたとか。(^_^;)


結局アタリすらなく、二度と渓流釣りはやらないと決意したそうだ。


 


枝沢に入った私と言えば、釣れること釣れること?枝と石!


一投ごとに頭上の枝、一歩進むと薮、投げたら石。


仕掛けはアレヨアレヨと言う間になくなって、いよいよ最後のハリになった時に


はっきりとしたアタリが!


しかし合わせた竿は空を切って、最後のハリも小枝に。(T_T)


 


それでも私は岩魚のアタリを感じたことだけで興奮していた。


今考えるとアレが岩魚かどうか怪しいが…。


 


子育てと仕事に縛られて、


もう一度渓流釣りに行けたのは、それから約20年後になってしまった。


 


千葉が渓流から遠いだけじゃなく、私にとって岩魚は想像以上に遠かったんだね。


 


           その時の仕掛け


        鮒竿



世界が違って見える
2006年06月12日 (月) | 編集 |

私の日常には家族がいて、仕事の仲間や上司や取引先の人や…
狭い世界だけど、それでもたくさんの人々と触れ合う毎日。
目が覚めたら家族が違う人間になっていることも
出社したら社長が別人になっていることもない。
昨日の続きみたいに同じような登場人物と同じような日常が繰り返されて、
TV番組のレギュラーみたいだ。


渓流釣りに一人で行くとトリップする。
孤独感より、むしろ義理も縁も慣れも身分も、な?んにもないヨソ者に分けてくれる親切や優しさに触れて暖かい気持ちになれるんだよねぇ。

何故か岩魚を釣る時にも同じ気持ちになるんだよ。
私はやっぱりヨソ者。いや、もっとヨソ者。敵。
なのに歓迎されていると思えるのよ。
都合良く考えると私が素敵だから?(^^ゞ
岩魚や山女魚は「釣った」じゃなく「釣れた」と感じる理由なのかな…?


林道を泳ぐ岩魚
2006年05月20日 (土) | 編集 |

                遙かなる山釣り
この有名な随筆集の中に「イワナが移動する話」という作品があり、
素石が梅雨の終わりに近いある雨の日、
姉川沿いの林道のわだちを岩魚が泳いでいる場面に遭遇したエピソードが綴られています。

                 素石
絶対に魚が登るのは無理な高く垂直な魚止めの滝上にも岩魚が居る事があります。
・地殻の変動
・ジャンプするのではなく岩肌のわずかな斜面を少しずつ登る
・人間による放流
素石はこの作品の中で、岩魚はこうした林道を伝って移動したのではないかと推察しています。

実は私も去年の7月に群馬県のある川で素石と同じように林道を泳ぐ魚を見ました。
林道
前日からの激しい雨で翌朝の林道はご覧のように一見川のような状態です。
本物の川は林道の右側をゴウゴウと流れていました。
林道と川の高低差は2mもなく、ボサに覆われたなだらか斜面でした。
ポイントを探して歩いていると、少し先の水の中で動く物が!?一瞬のことでした。
15cmほどの魚は右の草むらに逃げ込み私は急いであとを追ったのですが、もう見つけることはできませんでした。
私に気づいて大慌てで斜面を降り川に戻ったのでしょう。
クネクネと体をS字に曲げて泳ぎ去った魚は間違いなく岩魚でした。

私はすぐにこの作品を思い出てました。
そして素石の説は間違っていないと確信しました。

滝を直登していて岩棚にいた岩魚と目が合った話。
目の前の斜面を40cmを越す大岩魚が這い登っていた話。
自殺する岩魚。
岩魚にまつわる逸話は山ほどありますが、私はこんな魚らしくないところにロマンを抱いています。あの金輪の目が見ているものに惹かれてしまう。

ただ数百年後、もし日本の岩魚がまだ生き残っていたとしたら、
彼らはきっと魚じゃなく両生類になっているでしょうね (^^)v
 


私にできること
2006年02月14日 (火) | 編集 |

渓流では何もできないから、せめて海で…と思ってました。


お金も時間も行動力もない私、それでもできる事は何か…?


 


で、役得を使って新コーナーを作ることにしたんです。(^_^;)


『房総半島 海釣り紀行』


釣りの楽しさと合わせてマナーやゴミの問題を少しでも意識してもらいたい。


 


そして協力してくれる人をネットで探し、白羽の矢を立てたのが


「潮騒の唄を聴きながら…」の管理人磯とんぼさん


 


文章・撮影・姿勢、この3つの条件を備えている人物です。


磯とんぼさんは快く承諾してくれ


ようやく第一回の記事が2/11号で掲載されました。 4a5ac9db.JPG


 


 


 


 


人の褌で相撲をとっているに過ぎない私です。


でも記事を読んだことで一人でも多くの人が海や自然を大事にしようという気持ちを抱いてくれたら嬉しい。


 


磯とんぼさん、ありがとう。心から感謝しています。


渓流釣りは芸術だ!
2005年11月27日 (日) | 編集 |
渓流釣りのエッセイが好きです。
全部オークションとネットで入手しているので渓流釣りとは違う本を買ってしまうこともあります。
海釣りだったり、鮎だったり、雑魚だったり、鮒だったり。(^_^;)
その中で鮒釣りの随筆ほどつまらない物はないと思ってるんです。
滝も、山も、崖も、急流も ない。ビバーグも、焚き火も、魚を焼くシーンもない。鉄砲水や、落石や、熊に怯えることも ない。
大物と格闘して岩につまずき走り回ることもない。
座っているだけの鮒釣りは静か過ぎますね。全てが止まってるんだなぁ。
当然著者である釣り人にも動きが少ないし見ている風景も止まっているから読んでいて想像力を刺激するようなシーンが少ないのですよ。
鮒釣りは釣りエッセイや釣行記には向いてないと思う。
では鮎釣りは?海釣りは?…と考えた時に釣り文学は渓流釣りに尽きるという結論が出しました。
渓流釣りには芸術と神秘がある!
鮒・鮎・海釣りの好きな方が読んだら、きっと身勝手で横暴と思う話でスイマセン。
でもこんなアホな私でも渓に立つとアーティストになれるんですよ。
渓流釣りの釣り人って文才がある人が多いのはきっとその辺りに理由があるのかも知れませんね。

秘密の川
2005年11月11日 (金) | 編集 |

釣行記にも出していない秘密の川がある。
私が好む釣り場は1位:人が居ない事。
2位:岩が多く勾配があり川幅が広くない川で、広葉樹に囲まれた渓相である事。
3位:岩魚が居る事。
4位:短時間で行ける事。


4つ目の条件をクリアーすると上位の3つは諦めなくてはならない。(-_-;)
この川は自宅から2時間以内で行けて1位と4位は満たしている。
そして山女魚・鱒・ウグイが同居していて魚影が濃く、しかも山女魚のサイズが大きいのが魅力だった。
本流で放流され遡上して来たのに違いはないがチビ山女魚は少ない。
地元の釣り人とすれ違ったことがあった。
海釣り用の魚籠に25cm前後の山女魚が7?8匹入っていて「ここは大きいのが居るでしょ」と言って帰って行った。
千葉県から近いという事は都心からも近い所。
それでも釣り人が少ないのは渓が深くて川へ降りる場所がないからだ。
私が見つけた入口は下まで15mほどしかないが、踏み後もない酷い薮をかき分けながら急な崖を降りなければならない。
降りるとすぐに両サイドが高い崖と雑木林になり昼間でも暗い渓だ。
頭の上には道路があるのだが昇り降りはもう不可能。
瀬と岩の間を抜けるような流れが交互にあり、低い堰堤の下には大物が溜まっていた。
さらに釣り上がるとズ?ッと葦の茂る開けた場所になる。
葦に沿って進むと途中に深いトロ場があり、そこからは葦の中に入る。
ところが必ず自分が何処にいて、どっちが上流なのかさえ分からなくなってギブアップなんだ?。
この先が見たいなぁ。この上はどうなっているんだろう?
そんなことを思ってスゴスゴ引き返す私。
一度登り口を見失ったことがあった。
見上げても薮と雑木林に覆われていて上の様子は全く見えないし、しかも夕暮れ間近でアレヨアレヨと言う間に渓は真っ暗に…(T_T) 
半ベソ混乱した記憶とあとはカンに頼ってよじ登ると降りた所と3mほどズレた地点に帰る着くことができた。
へたっぴ?な私でもいつも20cm超えの山女魚を数匹手に入れることができた川だった。
でもここへはもう行かないだろう。
この川の最大の欠点に私はもう我慢できなくなったからだ。
それはゴミ。釣り人のゴミではなく道路から投げ捨てられたタイヤや部品・家電などが年々目立ってきているのだ。
いくら魚が釣れてももう嫌だ!5番目の条件に「ゴミがない事」を追加したら、
私に行ける渓流はなくなってしまうのかも知れないなぁ。  11.11


釣り人が知らないスーパーの渓流魚
2005年09月21日 (水) | 編集 |

 


岩魚や山女魚・アマゴの釣り人が


スーパーでそれらの魚を買って食べるなんていう事はまずないでしょう。


でも見聞のため見かけたら食べてみると良いと思う。


 


渓流釣りを始める以前のことだが旅の途中で良く釣り堀に寄った。


釣れた虹鱒をその場で焼いて食べさせてくれる。


それがまた美味しい!塩焼きだったり腹に味噌を塗って焼いた物だったり、


子供たちは大喜びで2匹も3匹も焼きたての虹鱒を頬張ったものだ。


 息子が釣り堀でもなかなか釣れない岩魚を釣った。彼は得意満面だったなぁ。


半身は息子が、もう半身を他の3人で食べたが皆虹鱒より美味しいと言ったっけ。


 


その後スーパーで何度か虹鱒を買った。


しかしスーパーの虹鱒は同じ魚とは思えないほど不味い。


中には腹を割ると内臓がドロッと流れ出し、


焼いていると身が溶け出すように崩れて、とても食べる気にならない物もあった。


何度買っても釣り堀で釣った虹鱒の旨さはなかった。


 


たとえ釣り堀であっても素早く調理した魚は美味しい。


渓流釣りをする人なら当たり前のことだが、


魚の鮮度を保つ最大の方法は料理するまで生かしておく事。


それが無理なら素早く締めて、必ず腐りやすい内臓とエラを取り除く。


 


でもスーパーで買う魚は内臓もエラも残したままで一体何日経っているんだろう?


これは9/14に千葉県のあるスーパーで売られていたアマゴ。


日付を見て欲しい。



スーパーアマゴ


 


 


 


 


 


 


加工年月日9/10、消費期限9/13


加工年月日とはこの魚をスーパーでパック詰めした日付のことだ。


 


渓流釣りをする人でこの魚を買う人はいないだろう。


でも知らない消費者がこの魚を買って食べたとして美味しいと思うだろうか?


子供は言うよ「この魚美味しくないね。僕アマゴは嫌いだ」


 


岩魚も山女魚もアマゴも養殖で何とか維持されている貴重な魚だ。


地産地消費でその日のうちに料理できる流通ならまだいい。


わざわざ腐らせるような流通と販売をしてはいけない。


この魚を食べた人が渓流や渓流魚に対する興味や理解なんて持つはずがない。


不味いという印象を広めるだけの悪循環だ。


 


また渓流魚の美味しさはその美しさにもあると思う。


それが伝われば需要は伸びるし生産性も高くなるだろう。


多くの人が岩魚や山女魚やアマゴを身近に感じ、


貴重な魚だという事や奇麗な水や豊かな森の大切さを知ってもらえるかも知れない。


 


私は生かして販売するのが一番いいと思っている。


実際生かして販売している養殖業者もある。


送料は多少掛かるが魚自体の値段は高くはない。


それが難しいなら、せめて一夜干し・塩焼き・燻製・甘露煮など調理済みの形の方がいい。


渓流魚のでたらめな流通は止めるべきだと思っている。


死ぬかと思った水の恐怖
2005年09月15日 (木) | 編集 |

転倒・滑落・落雷・遭難・鉄砲水・獣…渓流釣りは様々な危険に囲まれています。


長く渓流釣りをしてきた人なら1度や2度死ぬような体験があるのではないですか。


私も高巻きに失敗して滝壺に落ちそうになったことがあります。



釣りではありませんが水に関係して死んでもおかしくない体験が3度あります。


すべて自分の無謀さで招いたことです。


 


5才ごろでした。遊びに行った母の実家近くには大きな川がありました。


広?い河原があり、流れは平坦でサラサラとした見た目に浅い川でした。


暫く水と戯れていると少しだけ深い所に片足が入ったとたんに足がすくわれ、


私は足から流れに引き込まれて木の葉のように流されてしまったのです。


運良く岩にしがみつくことができたのですが、


川は表面とその下の流れが違う事を学びました。


今でも渡渉は苦手で、膝より深い場所では巻くことが多い理由です。


 


鮮明に覚えている死の恐怖は千葉県の九十九里浜でのことです。


うみ4


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


九十九里海岸は太平洋に面した全長66キロ続く遠浅の砂浜で


泳ぎに自信があった私はクロールでどんどん沖に泳いで行きました。


いい加減泳いだ所で顔を上げると、


想像以上に沖で、さらに大きく左に流されていたのです。


海岸の人影は男女の区別がつかないほど小さく、


立ち泳ぎをしている自分の足が、白くウネウネと動く別な生物に見えて


急に恐ろしさがこみ上げてきました。


 


私は慌てて岸に向かって泳ぎましたが、なんと!海岸は益々遠のいて行くのです。


海水の色が変わり、水温が急に下がって、


何か魔物に引きずり込まれるような恐怖感で泣きそうになりました。


いや泣いていたかも知れません。


 


この段階で自分がどれほど危険な状態に居るのかを感じました。


叫んでも聞こえない、手を振っても見えない距離です。


これ以上沖に流されれば黒潮に乗ってしまうかもしれない。


黒潮に流されれば100%助からない!


半分パニックになりながら私は潮が左に流れている事に賭けて、


戻る右方向ではなく、防波堤を挟んで左方向の海岸に向かって泳ぎました。


 この判断が幸いでした。


無我夢中で泳ぎ続けると少しずつですが海岸が近づいてきたのです。


ヘトヘトでたどり着いた所は、元いた海岸から1km以上離れた隣の海水浴場。


両親にこっぴどく叱られましたが平静を装っていました。


今でも真相は明かしていません。


 


2度目も同じ九十九里海岸でした。

ここはサーフィンで賑わうほど季節や日によってはウネリが高くて大きい波が立ちます。


その日は海水浴には少々波が高く沖に出るのは危険でした。


ところがバカな私は波遊びがしたくて少し沖に出てしまった。


うみ1


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


波が来ると、胸までだった水深が2?3mの深さになります。


当然波が大きいほど体は高く浮き上がり、


その波に持ち上げられて流される感覚が気持ち良かったのです。


ただし波が割れる手前のウネリに乗らないといけません。


白く泡立ってロール状に巻くところは、


強く引いた後に上から波がかぶさって、巻き込まれると危険でした。


 


それを分かっていたのに、浜に戻ろうとした時


突然大きな波に不意をつかれてしまいました。


波は倒れる壁のように頭上から覆いかぶさり、


体は水中でクルクル回転して全くコントロールできません!


準備して潜っているのではないから肺の中の酸素は空っぽです。


苦しくて上に出ようともがきましたが


砂を巻き込んだ水中は全てが薄茶色でどっちが海面か分かりません!


激しい苦しさで息を止めている力がなくなり、口が開いたとたんに海水が入りました。


「死ぬんだ!」と思いました。


 


その瞬間どちらかの手が海底の砂に触れました。


海面ではなく海底に向かってもがいていたのです。


私は最後の力を振り絞って海底を蹴りました。


「海面までもつのか!?ダメなのか!?」


恐ろしく長い時間に感じた後やっと水面に顔がました。


助かったと思いました。ところが呼吸が出来ない!


海水が器官に詰っていて息ができないのです。


肺の中には海水を吐き出すだけの空気がありません!


溺れるというのはこういう事なのだと思いました。


 水を吸い込むことを覚悟で無理矢理空気を吸い、


胸の奥まで入った水に激しくむせ返って、また空気を吸ってむせて…私は助かりました。


     あと何秒遅かったら死んでいたのでしょう。


うみ3


うみ2        


 


 


 


 


 


写真クリックで拡大


 


私は水が好です。雨でさえ好きです。でも今でも水が一番恐いんです。                                                        


夢・死ぬんじゃなかった!
2005年08月26日 (金) | 編集 |

昼食後、木陰に車を止めて本を読んでいるうちに眠ってしまった。


夢を見た。
ちょうど自分が死ぬところだ。
「ヤッターッ、これで生き返れるぞ?!」
「次は子供の頃から釣りする!何十年もたっぷりできるじゃん!」
そう思うと嬉しくてたまらず、私はニヤニヤしながら死んでいった。


私は直ぐに生まれ変わり、そして生まれて初めて(?)の釣りに出かけることにした。
死んでから60?100年後の未来はずだ。
「さ?いくぞぉ、楽しみだな?」
「時間はたっぷりある。何百回釣りができるかなぁ」
などと考えながら幸せ一杯だ。


しかし生まれ変わったのに私は私のままだし竿もリュックもウエダーも同じじゃん!?
まぁ夢だからそれを変とも感じていない。


大好きな渓流の入口に着いた。
森を抜けて川に立った。
ところがそこにあったのは流れは淀み、メタンガスの泡が浮き、
カビ色で腐った臭いのするドブ川だった。
瀬音もない。岩もない。岩魚もいない。
向こう岸には住宅街が広がり、並んだ屋根の上に灰色の煙った空。

私はその場にへたり込んでしまった。
あの美しい水と愛しい岩魚がフラッシュバックのように目に浮かんだ。
「こんなはずじゃない!」
「死ぬんじゃなかった!」
「誰がこんな事したんだよぉ!」
怒りと悲しみが体中から溢れ、
顔を覆った両手の中で自分の声がひびくほど大声で泣いた。
指の間からにじんだ涙がポタポタと音を立てて落ちた。


と、そこで目が覚めた。
胸元は涙かヨダレか分からないもので濡れて
瞼は腫れ、目は充血し、鼻水がたれ…顔は修復の仕様がないほど壊れていた。


どうか正夢でないように。


女の釣り!
2005年08月21日 (日) | 編集 |

甘えてばかりの女が嫌いだ。
女の自分が言ったって説得力ないけどね。
釣りでも仕事でも生活でも男や誰かに依存している女が嫌いだ。


助けられても良いよ。
甘えてもかまわないよ。
それが犬と女に備わった生きる知恵だから。


弱い「狼」が人間との共存を選んで「犬」になったんだって。
犬は人間に好感を持たれるように仕草や表情を変えてきたんだって。
でも犬は人間を頼るだけじゃなく役に立とうとしてるよ。
場合によっては人間を命がけで守る。
人間に寄生するんじゃなく共生する唯一の動物だよ。


女も犬のようでありたいもの。


つり


トイレの無い船に乗るかい?
昔の釣り船にトイレなんてなかったよ。
女の海釣りが盛んになったのは船にトイレが完備されるようになったからだよ。
けどね、渓流にトイレはないんだよ。
シャワーだシャンプーだ、食後は磨き。そんなもん渓流には無いんだよ。
野糞が出来なきゃ渓流釣りは無理!
渓流はあんたたち女のためにトイレやお風呂を用意しない。
しなきゃ来ないなら来なくていいんだ。
渓流釣りに色気は無用。


やろうよ!渓流釣り。


お流れ一人旅
2005年08月09日 (火) | 編集 |

出発が近いので釣バリを作り始めた。
渓流用のハリは小さいしハリスも細いし、
1本作るに1分ほど掛かる面倒な作業だが
それでも自動ハリス巻きを使いたいと思ったことはない。
今回はいつものように2泊3日、あるいは3泊4日、いや気の向くまま何日でも。
休暇の終わる16日までに戻れば良いと、ノンキな
1人旅を予定していた。

ところがである!「俺も行く」と相方が言うじゃないか?!
多少気が引けたから「行く行かないは早く決めてね」とは言ったけど…
これで今回の釣りは違ったものになってしまった。


釣り方それぞれ、楽しみそれぞれ。
世間や日常から離れて、何もかも忘れて、
渓流に一人取り残されたようなあの感覚が私には至福の時だ。
夕暮れにやっと車止めに戻ってくると、
愛車が家族のようで思わず抱きしめたくなる。
お酒を飲みながら薄く切ったサラミをしゃぶってランプの灯りで本を読む。

電話の相方の声が愛おしかったり、妙に長話になったり…
夫婦なんて離れているほど優しくなれるもんですよ。

「亭主は遠きに在りて思う者」一句


渓流釣り 下手で良かったかな
2005年08月06日 (土) | 編集 |

岩魚が好きで広葉樹に包まれた渓流が好きです。
小石を敷き詰めた河原より大石が点在し、
多くの落ち込みを連ねた勾配のある渓がいい。
民家が見えるだけでどこか興ざめしてしまうけど
かと言って険しい山岳渓流を登る勇気も体力も無い。
806そんな私が入る川は自由に竿を振ることができない藪や雑木に囲まれるストライクゾーンの狭い枝川・沢川と呼ばれる細流。
だから竿は長目でも仕掛けの短いチョウチン釣り。
特に木々が芽を出し枝を伸ばす季節は
時には1mない糸をポタンと落とすような釣り。
見上げれば青空、孤を描いて伸び伸びと竿を振る。
そんな釣りだって好きですよ。
ただし周りに人影がなく野生的な岩魚がいるのならね。


下手なぶん大きさや数にこだわらず釣りが楽しめることだけは幸せかも。


渓流も道具もない千葉県
2005年08月01日 (月) | 編集 |

海釣り天国渓流地獄の千葉県だから釣具店は多くても
渓流釣りのアイテムとなると極端に少ないのが現状。
特に私の生活圏内の釣具店では渓流に関する道具ゼロだって珍しくない。
そんな中で私の釣り道具の仕入れ先はある町の「アタック5」と「上州屋」。
とは言ってもせいぜい買うのは目印とかオモリとか糸などの小物だけだが。
だってシューズもウェダーも海用しかないんだから仕方がない。


1ヶ月ぶりにアタック5に行ってみた。何か変だ。
5種類しかなかった渓流鉤が3種類に。さらに渓流竿が消えている!
元々2?3千円のオモチャ竿が幅50cmほどのコーナーに飾ってあるだけだったけど
それでも無くなると寂しいじゃん!
次に上州屋に寄ると、ここも変だ。ワゴンにオモチャ竿が積まれ半額のタタキ売り。
渓流竿のコーナーはやはりなくなっていた。
やわらかガン玉を買おうとしたら無い!無くなっている!!
普通のガン玉とゴム付きがチョッピリあるだけだぁ。

これからはガン玉1つさえネットで買うしかないのかな?
商品が少なくたって、買わなくたって、見ていれば楽しかったのに…(泣)

1つだけ穴場の店があった。それはゴルフ&釣具のリサイクルショップだ。
渓流竿やウェダーなんてないけれど鉤があった。
スレ鉤しか使わないしナイロン糸の出来合いの物も使わないから
この店で大量に「吉村渓流」や「アマゴスーパーライト」などを見つけた時は
宝物でも発見したように嬉しかった。しかも1つ35円とか90円だぞ!
私は数ヶ月掛けて渓流用のスレ鉤を全て買い占めた。
何故そんなに時間が掛かったかと言うと、定員が渓流のことを知らないから
適当に他の鉤と一緒に突っ込んであるんだよね。
鮎どころか鮒や海釣りの鉤に混じっているもんで探すのが一大事。
月2?3回通って鉤の整理整頓をしながらお目当ての鉤を探していたもんで
店員からはいたく感謝された。
結局その店から渓流用スレ鉤はなくなってしまったが、それでも半スレはたくさん残っていたし
また入荷していないかが気になってつい行ってしまう。

そして今日見つけたぞ?!鮎足袋は23cm新品500円!tabi


男性には分からないと思うが自分に合ったシューズやウェダーは
小柄な私には最も手に入れにくいアイテム。
メーカー直なら無くはないが高くて手が出ない。
だから今使っているものも全て足のサイズは24cmで厚手の靴下を履いたりして、どこか違和感がある。
試着したらピッタリじゃん!

ネットでも入手困難な商品。値段を聞いて心の中で大笑いだ。

海外にブランド物を買い込みに行くおねえちゃん・おばちゃんみたいに
岐阜に釣具仕入れ旅行しようかな…とさえ思う今日この頃でした。


「海釣りとの決別」
2005年07月31日 (日) | 編集 |
海釣りと言っても船釣りや磯釣りの経験はありません。
しかもハゼ・キス・セイゴ・鯖・鯵・鰯・サヨリ・ボラ・イシモチ・
カレイ・穴子など小物釣りだけです。
相方の叔父が漁師だったので、ツワイソ(=イナダ富山県ではそう呼びます)
のトローリングをやった事がありますが、それも一回だけ。
鮒や鯉などもやってみましたが、どの釣りもそれなりに面白くても
夢中になるほどではありませんでした。
渓流に行けない年月を他の釣りでお茶を濁していただけなのかもしれませんが、
ある日を境に一切釣りをやめてしまいました。
きっかけはセイゴ(スズキ・シーバスでもいい)の夜釣りです。

相方に誘われてやってみたものの何かつまらない。
この釣りはリール竿に電気浮きを着けて防波堤から遠投し、
魚が掛かると竿先に着けた鈴が鳴るのでリールを巻くだけです。
鈴が鳴るまではおしゃべりするかボーッとしていればいい。
中には何本も竿を並べている人もいました。
波の間に間に電気浮のライトが見え隠れして、まるで灯篭流しみたいです。

何度目だったでしょう?気乗りしないまま相方に同行して遂にキレちゃいました。
真っ暗な防波堤で大喧嘩したような記憶があります。
「こんなの釣りじゃない!もう釣りは2度とやらない!」と怒鳴った。
生来短気です。行列に並ぶのも、人を待つのも、魚を待つのも嫌い。
だいたいこんな釣りが釣りと言えるのか!?
「魚釣り」じゃなくて「魚捕り」でしょ。というのが私の主張なんですネ。

釣りというのは魚との知恵比べというか綱引きというか…
釣ろうとして様々なテクニックや試行錯誤をするわけで、
その最中にまんまと魚が食いつくから「来たッ」とか「ドキッ」と気持ちがわくのですよ。
次に魚の動きを体に感じながら取り込みまでの緊張感を味わう。

しかしこの夜釣りは前の部分の楽しみがズッポリ抜けている。
よほどの大物は別としても、釣れちゃってる訳だから
作業のようにリールを巻くだけで後半部分の緊張も薄い。
第一夜の海風はベタベタして気持ちが悪いし、暗くて待ち時間に本を読む事さえできないじゃん。

「3歳から釣り」
2005年07月31日 (日) | 編集 |
今はもうありませんが、私が生まれた神戸の家は周囲を森に囲まれた
とても大きな屋敷でした。
母屋の左側には高床式のお蔵があり普段は鍵が掛かって入れませんが、
お仕置きの時には閉じ込めてもらえる(?)のです。
槍やお琴や大きなツズラには巻物や陶器・漆器などなど見た事もない物が
いっぱい詰っていて、嘘泣きで嫌がっているフリをしながら内心はワクワクしていたものです。

母屋の右側に2階建ての離れ、その裏に小さな庭池がありました。
この池が私の釣り場です。
対象魚(?)はトノサマガエル。餌はご飯粒。
その辺の小枝に5?60cm木綿糸を着けたものが仕掛けです。
このご飯粒を糸に結ぶのが3歳の私には非常に難儀でした。
強く結ぶとご飯粒は千切れてしまうし、ゆるいと直ぐに落ちてしまいます。
10回に1回ほどしか上手く結べなかったのではないでしょうか。
水中にいるカエルは釣れません。咥えることがあっても水中から出る前に落ちてしまうので、石の上で置物のように動かないカエルが狙い目でした。
ご飯粒をそーっとカエルの顔の前に持っていく。
揺らしてみたり、思いっきり口元まで近づけてみたり。
驚かすと池の中に逃げてしまうのでその加減が難しい。
と言っても滅多にかかるものではありませんが、たま?に何を思ったのかパクッと食い付くのですよ。(^_^;)
持ち上げた時のカエルの格好が愉快でした。
そのまま地面まで持ってくれば私の勝ちです。

家族は曽祖母から叔父4人含め皆大人ばかり。ご近所もなく遊び友達もなく、カエル釣りは数少ない楽しみの1つでした。
すでにこの頃から単独釣行が好きだったんですね?(^_^)v

「邪魔をした枯葉」
2005年07月31日 (日) | 編集 |
河原ばかりで水は少なく川幅は3mほど。
水はビックリするほど澄んでいましたが大岩も淵もない。
そんな小渓流でした。
それでも小さな落ち込みや少し水かさのあるところを狙うと
18cm前後の小型の岩魚が釣れてはいました。
しかし上流に行くほど渇水が顕著なうえ
樹木がトンネルのように覆いかぶさり釣り辛くてしょうがない。
一旦入渓点まで戻ってから今度は釣り下ってみました。
幾らか良い流れになり崖の下に絶好のポイントを見つけました。
手前は河原ですが対面は垂直の岩盤で、
それを舐めるように左カーブしています。水深は60?70cmありました。
カーブの所だけブレーキをかけたように流れが緩やかで
いかにも魚が潜んでいそうです。
カーブの終わる所に狙いを定め右手上流から慎重に餌を流しました。
目印は水面10cmを良いテンポで流れていきます。
「我ながら上手いぞ」などと思いながらポイントまで後50cmという所で
餌の後方20cm辺りにビワの葉のような形をした大きな枯葉が
全く同じ速度流れていることに気がつきました。
せっかくのこのチャンスに!
いっそ竿を止めて枯葉をやり過ごそうかとも考えましたが
ポイント直前で不自然な動きはできません。
私は頭の中で「どけ!ばか!じゃまだ!」と叫んでいました。
結局その枯葉のお陰で何の感触もないまま
ポイントは通り過ぎてしまいました。
短気な私は仕返しに枯葉を引っ掛けてやろうと勢い良く竿を返しました。
と、あれれぇ? 枯葉がもの凄い速さで上流に?ィ!!
枯葉も泳いだっけ?(^_^;)

「ビックリ・冷汗タラ? !! 」By岩魚&山女さん
2005年07月31日 (日) | 編集 |
私は渓流釣りを始めてまだ10年経たないのですが3月にいつも行く沢に行き雪深い中歩いて釣り上がり順調に少ないながらも、オレンジのヒレでとてもきれいな岩魚を釣りあげ、ルンルン気分でお昼近くになったので戻ろうと竿をしまい足元を見ながら歩いていたら、な・な・なんと爪の形までハッキリと分かるほどの足跡が、もしかして・もしかしなくても間違えなく熊の足跡でした!!! 行きは釣りたい気持ちで目にも入ってこなかったのに見たとたん冷汗、と言うか周りキョロキョロしながら嫁入り前だし食われちゃいかんと思いながら、その場を後にしました。  考えると去年は同じ場所で猿の群れと出遭ったり日本カモシカをみたりした場所でもあるので、けもののとうり道かも・かも?   因みに場所は東京の奥地で?す。
てつさんの「仕掛けの作り方」
2005年07月31日 (日) | 編集 |

太郎さんの仕掛けを見て一言(余計なことかも知れませんが、へらつりでは尺を超えるへらを細いと(0,2号)などで釣ることが、多々あります、其処でちち輪結びですけど、結び目は必ず8の字結びでないとかなり弱いです。ハリスと道糸の連結ですが、8の字結びでちち輪を作り、電車結びがじょうぶです。まっすぐになりますから、良いですよ、源流での提灯仕掛けの時竿を伸ばした状態で動く時にハりの近くを持っての移動になると、思いますが、竿の先のほうですので、持ちにくいと思います、其処で私の大発明!!!誰にも言わないで約束できますか?じゃあ教えます、針がくる位置に輪ゴムを着けておきます、針を固定できて、木の下でも平気です(クス)もう一つ教えちゃおうかな?どーしようかな?おしえちゃお!木の間で竿を振れないときに使う、うらわざ?竿の先のほうにまたまた輪ゴムで磁石わつけます??すご?^いい愛で屋。針を磁石にくっつけて枝の隙間から竿を入れて。、竿尻をコンとたたくとミミズのついた針がポイントに(しゃくあまご)竿抜けポイント攻略法(くだらなかったら、遠慮なく削除してください(笑)ケッしてうらみません?


「ある放流岩魚の一生」
2005年07月31日 (日) | 編集 |

 ある日人口孵化された岩魚の子が人の手で川に放されました。
初めて
経験する強く激しい流れ。
大きな岩魚に追われて身を隠す場所さえままなりません。
お腹が減っても餌はないし仲間たちは次々と人間のハリに掛かって秋が近づいた頃には、みんな居なくなってしまいました。たった1匹彼だけが真冬の氷の下でうずくまっていました。 


 やがて水がぬるみ、またたくさんの岩魚の子が放流され、
桜が咲き、羽虫が飛び交い、彼は口に入る物なら何でも食べました。
上手いとか不味いとか満腹とかじゃなく、
貪欲に狂ったように食べ続けただけです。それが生きる事でした。
そうやって繰り返す季節と目覚めの度に彼はどんどんたくましくなりました。
 
 年月と共にいつしか彼は渓の王者と呼ばれるようになっていました。
何度も恋をして子供もたくさん生まれました。
それでも彼には今日生きる事だけが全てで未来も昔もなかった。
この川に来て一体何年が過ぎたのでしょうか。
それは僅かな油断でした。壮絶な闘いの末、岩魚は遂に力尽きて釣り人の手に捕まりました。
渓で最も美しく大きな岩魚がとうとう人間に負けたのです。
釣り人が岩魚を川に戻した瞬間、彼は自分が人間の手で川に放たれた日を思い出しました。
「もう一度この川で生まれ変わりたい!」
 すでに彼は老いていました。流れに逆らって泳ぐだけの体力も気力もありません。
それは生きて、生きて、生き抜いた1匹の放流岩魚が水に帰った瞬間でした。
 
 彼の生涯は終わりましたが養殖場で生まれた岩魚たちは今年も放流されるのです。
天然の岩魚はもとより、その川の虫を食べ、
その川を住まいとして生き抜いてきた岩魚を、私は愛おしくてたまらない。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。