渓流釣、山菜やキノコなどの楽しみ方
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「海釣りとの決別」
2005年07月31日 (日) | 編集 |
海釣りと言っても船釣りや磯釣りの経験はありません。
しかもハゼ・キス・セイゴ・鯖・鯵・鰯・サヨリ・ボラ・イシモチ・
カレイ・穴子など小物釣りだけです。
相方の叔父が漁師だったので、ツワイソ(=イナダ富山県ではそう呼びます)
のトローリングをやった事がありますが、それも一回だけ。
鮒や鯉などもやってみましたが、どの釣りもそれなりに面白くても
夢中になるほどではありませんでした。
渓流に行けない年月を他の釣りでお茶を濁していただけなのかもしれませんが、
ある日を境に一切釣りをやめてしまいました。
きっかけはセイゴ(スズキ・シーバスでもいい)の夜釣りです。

相方に誘われてやってみたものの何かつまらない。
この釣りはリール竿に電気浮きを着けて防波堤から遠投し、
魚が掛かると竿先に着けた鈴が鳴るのでリールを巻くだけです。
鈴が鳴るまではおしゃべりするかボーッとしていればいい。
中には何本も竿を並べている人もいました。
波の間に間に電気浮のライトが見え隠れして、まるで灯篭流しみたいです。

何度目だったでしょう?気乗りしないまま相方に同行して遂にキレちゃいました。
真っ暗な防波堤で大喧嘩したような記憶があります。
「こんなの釣りじゃない!もう釣りは2度とやらない!」と怒鳴った。
生来短気です。行列に並ぶのも、人を待つのも、魚を待つのも嫌い。
だいたいこんな釣りが釣りと言えるのか!?
「魚釣り」じゃなくて「魚捕り」でしょ。というのが私の主張なんですネ。

釣りというのは魚との知恵比べというか綱引きというか…
釣ろうとして様々なテクニックや試行錯誤をするわけで、
その最中にまんまと魚が食いつくから「来たッ」とか「ドキッ」と気持ちがわくのですよ。
次に魚の動きを体に感じながら取り込みまでの緊張感を味わう。

しかしこの夜釣りは前の部分の楽しみがズッポリ抜けている。
よほどの大物は別としても、釣れちゃってる訳だから
作業のようにリールを巻くだけで後半部分の緊張も薄い。
第一夜の海風はベタベタして気持ちが悪いし、暗くて待ち時間に本を読む事さえできないじゃん。

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「3歳から釣り」
2005年07月31日 (日) | 編集 |
今はもうありませんが、私が生まれた神戸の家は周囲を森に囲まれた
とても大きな屋敷でした。
母屋の左側には高床式のお蔵があり普段は鍵が掛かって入れませんが、
お仕置きの時には閉じ込めてもらえる(?)のです。
槍やお琴や大きなツズラには巻物や陶器・漆器などなど見た事もない物が
いっぱい詰っていて、嘘泣きで嫌がっているフリをしながら内心はワクワクしていたものです。

母屋の右側に2階建ての離れ、その裏に小さな庭池がありました。
この池が私の釣り場です。
対象魚(?)はトノサマガエル。餌はご飯粒。
その辺の小枝に5?60cm木綿糸を着けたものが仕掛けです。
このご飯粒を糸に結ぶのが3歳の私には非常に難儀でした。
強く結ぶとご飯粒は千切れてしまうし、ゆるいと直ぐに落ちてしまいます。
10回に1回ほどしか上手く結べなかったのではないでしょうか。
水中にいるカエルは釣れません。咥えることがあっても水中から出る前に落ちてしまうので、石の上で置物のように動かないカエルが狙い目でした。
ご飯粒をそーっとカエルの顔の前に持っていく。
揺らしてみたり、思いっきり口元まで近づけてみたり。
驚かすと池の中に逃げてしまうのでその加減が難しい。
と言っても滅多にかかるものではありませんが、たま?に何を思ったのかパクッと食い付くのですよ。(^_^;)
持ち上げた時のカエルの格好が愉快でした。
そのまま地面まで持ってくれば私の勝ちです。

家族は曽祖母から叔父4人含め皆大人ばかり。ご近所もなく遊び友達もなく、カエル釣りは数少ない楽しみの1つでした。
すでにこの頃から単独釣行が好きだったんですね?(^_^)v

「邪魔をした枯葉」
2005年07月31日 (日) | 編集 |
河原ばかりで水は少なく川幅は3mほど。
水はビックリするほど澄んでいましたが大岩も淵もない。
そんな小渓流でした。
それでも小さな落ち込みや少し水かさのあるところを狙うと
18cm前後の小型の岩魚が釣れてはいました。
しかし上流に行くほど渇水が顕著なうえ
樹木がトンネルのように覆いかぶさり釣り辛くてしょうがない。
一旦入渓点まで戻ってから今度は釣り下ってみました。
幾らか良い流れになり崖の下に絶好のポイントを見つけました。
手前は河原ですが対面は垂直の岩盤で、
それを舐めるように左カーブしています。水深は60?70cmありました。
カーブの所だけブレーキをかけたように流れが緩やかで
いかにも魚が潜んでいそうです。
カーブの終わる所に狙いを定め右手上流から慎重に餌を流しました。
目印は水面10cmを良いテンポで流れていきます。
「我ながら上手いぞ」などと思いながらポイントまで後50cmという所で
餌の後方20cm辺りにビワの葉のような形をした大きな枯葉が
全く同じ速度流れていることに気がつきました。
せっかくのこのチャンスに!
いっそ竿を止めて枯葉をやり過ごそうかとも考えましたが
ポイント直前で不自然な動きはできません。
私は頭の中で「どけ!ばか!じゃまだ!」と叫んでいました。
結局その枯葉のお陰で何の感触もないまま
ポイントは通り過ぎてしまいました。
短気な私は仕返しに枯葉を引っ掛けてやろうと勢い良く竿を返しました。
と、あれれぇ? 枯葉がもの凄い速さで上流に?ィ!!
枯葉も泳いだっけ?(^_^;)

「ビックリ・冷汗タラ? !! 」By岩魚&山女さん
2005年07月31日 (日) | 編集 |
私は渓流釣りを始めてまだ10年経たないのですが3月にいつも行く沢に行き雪深い中歩いて釣り上がり順調に少ないながらも、オレンジのヒレでとてもきれいな岩魚を釣りあげ、ルンルン気分でお昼近くになったので戻ろうと竿をしまい足元を見ながら歩いていたら、な・な・なんと爪の形までハッキリと分かるほどの足跡が、もしかして・もしかしなくても間違えなく熊の足跡でした!!! 行きは釣りたい気持ちで目にも入ってこなかったのに見たとたん冷汗、と言うか周りキョロキョロしながら嫁入り前だし食われちゃいかんと思いながら、その場を後にしました。  考えると去年は同じ場所で猿の群れと出遭ったり日本カモシカをみたりした場所でもあるので、けもののとうり道かも・かも?   因みに場所は東京の奥地で?す。
てつさんの「仕掛けの作り方」
2005年07月31日 (日) | 編集 |

太郎さんの仕掛けを見て一言(余計なことかも知れませんが、へらつりでは尺を超えるへらを細いと(0,2号)などで釣ることが、多々あります、其処でちち輪結びですけど、結び目は必ず8の字結びでないとかなり弱いです。ハリスと道糸の連結ですが、8の字結びでちち輪を作り、電車結びがじょうぶです。まっすぐになりますから、良いですよ、源流での提灯仕掛けの時竿を伸ばした状態で動く時にハりの近くを持っての移動になると、思いますが、竿の先のほうですので、持ちにくいと思います、其処で私の大発明!!!誰にも言わないで約束できますか?じゃあ教えます、針がくる位置に輪ゴムを着けておきます、針を固定できて、木の下でも平気です(クス)もう一つ教えちゃおうかな?どーしようかな?おしえちゃお!木の間で竿を振れないときに使う、うらわざ?竿の先のほうにまたまた輪ゴムで磁石わつけます??すご?^いい愛で屋。針を磁石にくっつけて枝の隙間から竿を入れて。、竿尻をコンとたたくとミミズのついた針がポイントに(しゃくあまご)竿抜けポイント攻略法(くだらなかったら、遠慮なく削除してください(笑)ケッしてうらみません?


「ある放流岩魚の一生」
2005年07月31日 (日) | 編集 |

 ある日人口孵化された岩魚の子が人の手で川に放されました。
初めて
経験する強く激しい流れ。
大きな岩魚に追われて身を隠す場所さえままなりません。
お腹が減っても餌はないし仲間たちは次々と人間のハリに掛かって秋が近づいた頃には、みんな居なくなってしまいました。たった1匹彼だけが真冬の氷の下でうずくまっていました。 


 やがて水がぬるみ、またたくさんの岩魚の子が放流され、
桜が咲き、羽虫が飛び交い、彼は口に入る物なら何でも食べました。
上手いとか不味いとか満腹とかじゃなく、
貪欲に狂ったように食べ続けただけです。それが生きる事でした。
そうやって繰り返す季節と目覚めの度に彼はどんどんたくましくなりました。
 
 年月と共にいつしか彼は渓の王者と呼ばれるようになっていました。
何度も恋をして子供もたくさん生まれました。
それでも彼には今日生きる事だけが全てで未来も昔もなかった。
この川に来て一体何年が過ぎたのでしょうか。
それは僅かな油断でした。壮絶な闘いの末、岩魚は遂に力尽きて釣り人の手に捕まりました。
渓で最も美しく大きな岩魚がとうとう人間に負けたのです。
釣り人が岩魚を川に戻した瞬間、彼は自分が人間の手で川に放たれた日を思い出しました。
「もう一度この川で生まれ変わりたい!」
 すでに彼は老いていました。流れに逆らって泳ぐだけの体力も気力もありません。
それは生きて、生きて、生き抜いた1匹の放流岩魚が水に帰った瞬間でした。
 
 彼の生涯は終わりましたが養殖場で生まれた岩魚たちは今年も放流されるのです。
天然の岩魚はもとより、その川の虫を食べ、
その川を住まいとして生き抜いてきた岩魚を、私は愛おしくてたまらない。


「ただ眺めるだけでした」
2005年07月31日 (日) | 編集 |
やっと目的の川にたどり着いてみると、林道と護岸の工事中で通行止めになっていました。
でも休日のせいか工事関係者の姿はありません。
千葉から数百キロの道のりを来たのです。
どうしてもそのまま引き上げる気持ちにはなれず私たちはゲートを移動して車を走らせました。
舗装前の砂利道は川に沿ってずっと続いていました。
しかし川との高低差は徐々に開いていきます。
3キロほど登った公園予定地らしい所で車から降りてみると、川はかなり下になっていました。
驚いたことに護岸は半分ほど多摩川の土手のように綺麗に整備されていてまるで草スキーでも出来そうです。
流石にその様子を見て諦めが付いたものの未練たらしく眺めていると、
新品の堰堤の下流でユラユラ揺れている魚影に気付きました。
2匹います。しかも2匹とも半端なく大きい!
20m上から見ていても水が澄んでいたので魚体はハッキリ見えました。
「絶対60cmはある」というのが2人の見解です。
「どうする!?」「やる?」「無理だよ」「釣れないね」「ルアーなら…」
そんな会話を交わしながら私たちは立ちすくんでいました。
雲一つない晴天の下、日向ぼっこをするかのように2匹の岩魚はユッタリと泳いでいました。
今でもあの光景は忘れません。


「私は釣り人ではないのかも…」
2005年07月31日 (日) | 編集 |

「何処から来たの」
「えーっ!千葉ぁ」
「(女が)一人で!?」
「珍しいねぇ、よっぽど好きなんだ」

判を押したように同じ台詞が返ってくる。
食堂を利用する時は他の客の迷惑になってはいけないと思い、
いちいち着替えていた時もあったが、すぐに面倒になった。
釣り姿のままで入るようになってから、こんな会話が増えてしまった。
気に入った川があると気に入った店もできる。「十割り蕎麦一八七屋(仮)」もその中の一軒だ。
蕎麦を売りにしている割には、うどんもあればカレーもあるし味もまずまず、値段も安い。
結局は大衆食堂なのだが蕎麦嫌いの私にはありがたいのです。
関東の釣り場は温泉同様に蕎麦処が多く、蕎麦しかない店も少なくない。
逆に蕎麦好きの相い方は「釣り」「蕎麦」「温泉」がワンセット。
その辺りも一人で釣行するようになった要因かもしれない。
蕎麦はイヤだし温泉すら留まりたくない。その時間さえ惜しいのですよ。
岩魚に会いたくて、はるばるやって来たのだから、岩魚の住んでいる渓に少しでも長く居たい。
目覚めのコーヒーも、体を癒す温泉も、食事すら必要ないと思う。
まして以前のようなテント張りや火越しなんてもうごめんだ。ストイックと言われても仕方ない。
アタリさえあれば釣れなくても良いと思うこともある。
負け惜しみじゃなく、そのアタリが岩魚だと確認したいだけだ。
そして岩魚のあのクルクルした目と表情を見たい、魚体を手の中で感じたいから釣っている。
食べたいとは思わなくなってしまった。いつの間にか釣り人ではなくなっているのかも。


アメーゴHIDEさん「寄り道の話」
2005年07月31日 (日) | 編集 |
私の釣りは、寄り道が多いです。
釣りに行く時は、現場迄車走らせまっしぐら!
ウキウキのルンルン気分で真っ暗な道を突っ走っていますね。(安全運転で?)
最近では、渓流釣りも半日で終ってしまう事が、殆どで後は、温泉浸かって
名所なんかも見たりしていますね。帰り道すがらのラーメン屋も定番ですが・・・。
渓流写真は、釣りしながら撮ってますが、ついつい釣りより写真に夢中に成ってしまいます。(最近貧果が多いもんで、<腕も悪いしね>)
山菜の時期なんかは、釣りよりも・・・・ですね。
最近は、釣れない(綺麗な魚)です、と言うよりも釣れる所へは足が遠のいたと言った方が正解かも・・・?(沢釣りでは、巻きなどの寄り道が多いですね。)
私の渓流釣りの師も本流釣りに転向しており付いて行ったおかげで最近は本流釣りが殆で放流物と遊んでいます。まっ!釣れないよりは、と思って諦めています。でも、食卓に雨子・岩魚の塩焼きや刺身など出しますと、喜んで食べてくれるので、嬉しいですね。
来年も、楽しく釣りが出来たらなと思うこの頃です。


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