渓流釣、山菜やキノコなどの楽しみ方
釣り人が知らないスーパーの渓流魚
2005年09月21日 (水) | 編集 |

 


岩魚や山女魚・アマゴの釣り人が


スーパーでそれらの魚を買って食べるなんていう事はまずないでしょう。


でも見聞のため見かけたら食べてみると良いと思う。


 


渓流釣りを始める以前のことだが旅の途中で良く釣り堀に寄った。


釣れた虹鱒をその場で焼いて食べさせてくれる。


それがまた美味しい!塩焼きだったり腹に味噌を塗って焼いた物だったり、


子供たちは大喜びで2匹も3匹も焼きたての虹鱒を頬張ったものだ。


 息子が釣り堀でもなかなか釣れない岩魚を釣った。彼は得意満面だったなぁ。


半身は息子が、もう半身を他の3人で食べたが皆虹鱒より美味しいと言ったっけ。


 


その後スーパーで何度か虹鱒を買った。


しかしスーパーの虹鱒は同じ魚とは思えないほど不味い。


中には腹を割ると内臓がドロッと流れ出し、


焼いていると身が溶け出すように崩れて、とても食べる気にならない物もあった。


何度買っても釣り堀で釣った虹鱒の旨さはなかった。


 


たとえ釣り堀であっても素早く調理した魚は美味しい。


渓流釣りをする人なら当たり前のことだが、


魚の鮮度を保つ最大の方法は料理するまで生かしておく事。


それが無理なら素早く締めて、必ず腐りやすい内臓とエラを取り除く。


 


でもスーパーで買う魚は内臓もエラも残したままで一体何日経っているんだろう?


これは9/14に千葉県のあるスーパーで売られていたアマゴ。


日付を見て欲しい。



スーパーアマゴ


 


 


 


 


 


 


加工年月日9/10、消費期限9/13


加工年月日とはこの魚をスーパーでパック詰めした日付のことだ。


 


渓流釣りをする人でこの魚を買う人はいないだろう。


でも知らない消費者がこの魚を買って食べたとして美味しいと思うだろうか?


子供は言うよ「この魚美味しくないね。僕アマゴは嫌いだ」


 


岩魚も山女魚もアマゴも養殖で何とか維持されている貴重な魚だ。


地産地消費でその日のうちに料理できる流通ならまだいい。


わざわざ腐らせるような流通と販売をしてはいけない。


この魚を食べた人が渓流や渓流魚に対する興味や理解なんて持つはずがない。


不味いという印象を広めるだけの悪循環だ。


 


また渓流魚の美味しさはその美しさにもあると思う。


それが伝われば需要は伸びるし生産性も高くなるだろう。


多くの人が岩魚や山女魚やアマゴを身近に感じ、


貴重な魚だという事や奇麗な水や豊かな森の大切さを知ってもらえるかも知れない。


 


私は生かして販売するのが一番いいと思っている。


実際生かして販売している養殖業者もある。


送料は多少掛かるが魚自体の値段は高くはない。


それが難しいなら、せめて一夜干し・塩焼き・燻製・甘露煮など調理済みの形の方がいい。


渓流魚のでたらめな流通は止めるべきだと思っている。


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死ぬかと思った水の恐怖
2005年09月15日 (木) | 編集 |

転倒・滑落・落雷・遭難・鉄砲水・獣…渓流釣りは様々な危険に囲まれています。


長く渓流釣りをしてきた人なら1度や2度死ぬような体験があるのではないですか。


私も高巻きに失敗して滝壺に落ちそうになったことがあります。



釣りではありませんが水に関係して死んでもおかしくない体験が3度あります。


すべて自分の無謀さで招いたことです。


 


5才ごろでした。遊びに行った母の実家近くには大きな川がありました。


広?い河原があり、流れは平坦でサラサラとした見た目に浅い川でした。


暫く水と戯れていると少しだけ深い所に片足が入ったとたんに足がすくわれ、


私は足から流れに引き込まれて木の葉のように流されてしまったのです。


運良く岩にしがみつくことができたのですが、


川は表面とその下の流れが違う事を学びました。


今でも渡渉は苦手で、膝より深い場所では巻くことが多い理由です。


 


鮮明に覚えている死の恐怖は千葉県の九十九里浜でのことです。


うみ4


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


九十九里海岸は太平洋に面した全長66キロ続く遠浅の砂浜で


泳ぎに自信があった私はクロールでどんどん沖に泳いで行きました。


いい加減泳いだ所で顔を上げると、


想像以上に沖で、さらに大きく左に流されていたのです。


海岸の人影は男女の区別がつかないほど小さく、


立ち泳ぎをしている自分の足が、白くウネウネと動く別な生物に見えて


急に恐ろしさがこみ上げてきました。


 


私は慌てて岸に向かって泳ぎましたが、なんと!海岸は益々遠のいて行くのです。


海水の色が変わり、水温が急に下がって、


何か魔物に引きずり込まれるような恐怖感で泣きそうになりました。


いや泣いていたかも知れません。


 


この段階で自分がどれほど危険な状態に居るのかを感じました。


叫んでも聞こえない、手を振っても見えない距離です。


これ以上沖に流されれば黒潮に乗ってしまうかもしれない。


黒潮に流されれば100%助からない!


半分パニックになりながら私は潮が左に流れている事に賭けて、


戻る右方向ではなく、防波堤を挟んで左方向の海岸に向かって泳ぎました。


 この判断が幸いでした。


無我夢中で泳ぎ続けると少しずつですが海岸が近づいてきたのです。


ヘトヘトでたどり着いた所は、元いた海岸から1km以上離れた隣の海水浴場。


両親にこっぴどく叱られましたが平静を装っていました。


今でも真相は明かしていません。


 


2度目も同じ九十九里海岸でした。

ここはサーフィンで賑わうほど季節や日によってはウネリが高くて大きい波が立ちます。


その日は海水浴には少々波が高く沖に出るのは危険でした。


ところがバカな私は波遊びがしたくて少し沖に出てしまった。


うみ1


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


波が来ると、胸までだった水深が2?3mの深さになります。


当然波が大きいほど体は高く浮き上がり、


その波に持ち上げられて流される感覚が気持ち良かったのです。


ただし波が割れる手前のウネリに乗らないといけません。


白く泡立ってロール状に巻くところは、


強く引いた後に上から波がかぶさって、巻き込まれると危険でした。


 


それを分かっていたのに、浜に戻ろうとした時


突然大きな波に不意をつかれてしまいました。


波は倒れる壁のように頭上から覆いかぶさり、


体は水中でクルクル回転して全くコントロールできません!


準備して潜っているのではないから肺の中の酸素は空っぽです。


苦しくて上に出ようともがきましたが


砂を巻き込んだ水中は全てが薄茶色でどっちが海面か分かりません!


激しい苦しさで息を止めている力がなくなり、口が開いたとたんに海水が入りました。


「死ぬんだ!」と思いました。


 


その瞬間どちらかの手が海底の砂に触れました。


海面ではなく海底に向かってもがいていたのです。


私は最後の力を振り絞って海底を蹴りました。


「海面までもつのか!?ダメなのか!?」


恐ろしく長い時間に感じた後やっと水面に顔がました。


助かったと思いました。ところが呼吸が出来ない!


海水が器官に詰っていて息ができないのです。


肺の中には海水を吐き出すだけの空気がありません!


溺れるというのはこういう事なのだと思いました。


 水を吸い込むことを覚悟で無理矢理空気を吸い、


胸の奥まで入った水に激しくむせ返って、また空気を吸ってむせて…私は助かりました。


     あと何秒遅かったら死んでいたのでしょう。


うみ3


うみ2        


 


 


 


 


 


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私は水が好です。雨でさえ好きです。でも今でも水が一番恐いんです。